[コジーの今週気になるDXニュースVOL20231204-01] ダイヤモンドにレーザーで“目に見えない刻印”を。新技術が秘めるトレーサビリティを超えた可能性:WIRED JAPAN

英国のスタートアップであるOpsydiaが、レーザーでダイヤモンドにサブミクロンの刻印を施す技術を開発した。これは、石の品質に一切影響を及ぼさずに、トレーサビリティを実現するという。今後は宝石だけではなく、量子コンピューティングなどへの応用も期待されている。

Close up image of small diamond
  •  

婚約指輪などダイヤモンドがあしらわれたジュエリーを購入したことがある人なら、「4C」が何かを知っているだろう。4Cはカラット(carat)、カット(cut)、カラー(color)、クラリティ(clarity)、のことで、石の品質を表している。非公式の第5のCは「証明書(certification)」で、これは石の品質と真正性を検証する独立機関が発行した書類のことである。そしていま、英国のあるスタートアップ企業が、ダイヤモンドの品質基準の新たなCとして「コード(code)」を加えようとしている。

「ほとんど何もしていないような」刻印

Opsydiaは2017年にオックスフォード大学の研究から2017年にスピンアウトした企業た。同社は「ナノID」という、ダイヤモンドの内部に目には見えない識別コードをレーザーで刻印する技術を開発した。

この「ナノID」は、石の表面から1mmの5分の1の深さにサブミクロン(1万分の1mm)​​の点で構成される。そしてこれらの点が、公式の証明書や最近ではブロックチェーン台帳に紐づく数値コードを形づくるのである。

重要な点は、こうした刻印が石の品質に一切影響を及ぼさないことだ。内部に刻印されたコードを見つけるには、少なくとも200倍まで拡大できる装置と特別な照明が必要である。比較のために書いておくと、ダイヤモンドの鑑定期間で働く専門家は40倍から80倍に拡大できる装置を使って作業している。宝石商が使うルーペの倍率はそれよりもかなり低い。

https://1df7e8b3209d86ca93da29ea023a00fd.safeframe.googlesyndication.com/safeframe/1-0-40/html/container.html

「点の寸法はすべての方向で1ミクロン以下です。従って、刻印による物理的な変化を特定することは非常に困難です。ほとんど何もしていないようなレベルです」とOpsydiaの製品責任者であるルイス・フィッシュは話す。ナノIDが刻印された5mmのダイヤモンドでこれを検証したと、フィッシュは話す。「これを検証するために、このダイヤモンドを業界でも有数の鑑定機関に送りました。先方はコードが刻印されていることを知っていましたが、見つけることはできませんでした」

石の内部に刻印することで偽造防止に

ダイヤモンドに識別コードやロゴを小さく刻印すること自体は新しい話ではない。鑑定機関や石の供給元は1980年代から、石のガードル(上部と下部を隔てる外周の細い縁の部分)に刻印を施してきた。しかし、石の表面に刻印することには弱点がある。石を磨くと消えてしまうのだ。またジュエリーに石をセットした場合、見えなくなることもある。

また、レーザー技術の普及により、悪意のある者が偽のコードを刻印することが可能になっている。例えば、高品質の石を示すシリアルナンバーを別の石に刻印したり、人工的につくったダイヤモンドを天然物に見せかけたり、あるいは公式の研究機関や組織のロゴが偽造できたりしてしまうのだ。

Close up of Opsydia laserengraved diamonds

Opsydiaの技術では石の内部に刻印するので、悪用できないとされている。Opsydiaは、この技術をピアノ程度の大きさの機械に詰め込み、ジュエリーブランドや製造業者、鑑定機関など業界関係者に40万ポンド(52万4,000ドル、約7,500万円)で提供している。

WATCH気候変動を解決するには100万人の力が必要 | ケヴィン・ケリー |「100万人のコラボレーション」が可能にするもの | get WIRED | Ep4

コードを刻印するレーザービームは、Opsydiaが世界で唯一の機能と主張する特許技術を使用することで、極めて精密に焦点を合わせることができる。これにより、光線を無数の方向に飛ばしてしまうダイヤモンドの非常に高い屈折率を気にすることなく使用できるのだ。

レーザーパルスは1兆分の1秒未満であり、熱による損傷はないとされる。そして刻印は目に見えないので、ダイヤモンドの目立たない部分ではなく、石の上部、それも中央の真下に刻印できる。

「刻印を取り除こうとすれば、石をカットしなければなりません。そうするとダイヤモンドの価値は大幅に下がってしまいます」とOpsydiaの最高経営責任者(CEO)を務めるアンドリュー・リマーは話す。これをナノIDを取り除こうとほんの少しでも上部を削り取ると、大抵の場合、全体のバランスを保つためにほかの面もカットしなければならなくなるからだ。

Opsydiaはこの機械を使って、刻印するコードを自分たちでプログラミングできるよう顧客の技術者を訓練している。ただし、ロゴなどの知的財産をアップロードできるのはOpsydiaだけだ。「ソフトウェアの暗号化はつまり、わたしたちがそれを制御できていることを意味します」とリマーは言う。「最初からセキュリティの高い方法を提供することを目指してきました」

エシカルな調達の需要の高まり

原材料が倫理的に調達され、そのことが検証可能な商品の需要が高まっている。それに伴い、透明性とトレーサビリティはジュエリー産業とより広範な高級品の分野において重要な話題となっている。

「2000年代初頭に、ブラッドダイヤモンドや金などの紛争鉱物(紛争地域で産出され、その購入が現地の武装組織の資金源になり結果的に紛争を助長する鉱物)などの問題が取り沙汰されました。これにより、ダイヤモンドや宝石のサプライチェーンにおいてより高い透明性が必要であるという認識が広まったのです」とスイス宝石学協会(SSEF)の特別施策の責任者であり、ローザンヌ大学の講師でもあるローラン・カルティエは話す。

「現在、政府や銀行による規制、経済協力開発機構(OECD)のガイドライン、そしてジュエリーに使われている宝石の出所や調達方法について詳しく知りたいという消費者の要求が、業界を動かしています」とカルティエは付け加える。

こうしたことを背景に、ダイヤモンドや宝石の分析、検証、識別に役立つ技術的な解決策が探究されている。例えば、スイスの企業であるSpacecodeは、特定のダイヤモンドの化学的構成を分析し、原産地を特定する装置を今年発表している。ほかにも、ダイヤモンドの「指紋」と呼べる特有の化学的および形態学的な構成で石を識別する可能性についても研究が進められている。

セキュリティを高める有望な方法

技術だけでこれらの問題をすべて解決できるという考えについて、ローザンヌ大学のカルティエは警鐘を鳴らす。それと同時に、「技術はトレーサビリティを実現する上で非常に重要です」と強調する。Opsydiaのダイヤモンドの内部に刻印する技術については、「より一層セキュリティを高めることができ、価値の高いダイヤモンドや宝石において有望な方法です」と話す。

特にOpsydiaのナノIDは、ラグジュアリーやジュエリー業界においてトレーサビリティと認証に対応しようと最近登場したブロックチェーンプラットフォームの確実性を高めるものになる可能性があると、リマーは話す。こうしたブロックチェーンプラットフォームには、ラグジュアリー企業であるLVMH、カルティエ、プラダがマイクロソフトと共同開発した「Aura」や、世界最大のダイヤモンドの生産者であるDe Beersが立ち上げた「Tracr」などがある。

しかし、このようなブロックチェーンプラットフォームが有益かどうかは、そこで管理するデータの品質によると、ローザンヌ大学のカルティエは指摘する。ダイヤモンドの原産地から得られる情報は限定的だ。「特定の鉱山で、一定の基準に従った方法で産出されたことを証明する書類の履歴や監査があるかもしれません」とカルティエは説明する。「サプライチェーンを通じて透明で検証可能な方法で情報を運ぶのに、こうした技術は役立つでしょう」。しかし、そうした書類は別の宝石に紐づけられてしまう可能性は残っている。

そこにOpsydiaが登場するとリマーは言う。「ブロックチェーンは情報を安全に保存する方法ですが、その情報は物理的な石やジュエリーに紐づけられていなければなりません」。従って、刻印したシリアルナンバーをブロックチェーンに保存するだけでなく、Opsydiaの機械で撮影した刻印の写真もブロックチェーンの元帳に保存する。さらなる安全対策として、Opsydiaはジュエリーのショールームで刻印を確認するための照明付きの閲覧システムを開発した。

Opsydiaの1台の機械で年間約10万個の石を加工でき、1個の加工時間は約10秒だとリマーは説明する。Opsydiaは2025年までに事業の収益化と、同社の機械で年間1000万個の石を加工することを目標としている。Opsydiaは22年の夏に3回目の資金調達を実施した。

Staff at Opsydia using their D5000 machine

原産地で、原石への刻印を目指す

とはいえ、そもそもOpsydiaの技術は、ダイヤモンドのトレーサビリティの問題を解決するために開発されたものではない。この技術は、宇宙望遠鏡用の適応光学やレーザービームの精密な成形など、オックスフォード大学工学部による広範な研究の一環として誕生したものなのである。

研究所から生まれた知的財産のライセンシングや事業のスピンオフ、研究成果の商業化を管理するOxford University Innovationを通じて、Opsydiaが創業したのは17年のことだ。最初のレーザー刻印の機械は20年に発売した。初期の顧客には、De Beersのラボグロウンダイヤモンド部門であるLightbox Jeweleryなどが含まれていた。Opsydiaの技術ではダイヤモンドだけでなく、どんな宝石にもレーザーで刻印することができる。

「創業当初は、トレーサビリティに関する話は少しされていた程度でした。それがいまではジュエリー業界で最も重要な話題となっています」とリマーは話す。「従って、ジュエリーブランドからの需要が最もあります。こうしたブランドは、トレーサビリティをブランドストーリーの一環として伝え、顧客にそれを約束したいのです。なぜなら、顧客がそれを求めているからです」

ウクライナでの戦争が起きたことで、ダイヤモンドの世界最大規模の生産地であるロシアから欧米市場へのダイヤモンドの供給を止めることは困難になった。このことは世界的なサプライチェーンの複雑さと不透明さ、そして新たな対策の必要性を浮き彫りにした。

Opsydiaの技術は、石をカットし磨く段階でのみ使えるが、会社は「原石の段階で何かできる可能性」を検討しているとリマーは言う。これはいずれ原産地で、原石の状態のダイヤモンドに刻印が施される日が来ることを示しているが、実現はまだ先のようだ。「まだそこには至っていませんが、現在調べています」とリマーは言う。

Opsydia logo

ダイヤモンドから量子デバイス

ダイヤモンドの格子状の構造に精密に制御したレーザーを当てるOpsydiaの技術は、華々しいジュエリーの世界とは違う別の産業分野でも応用できる可能性がある。

「ダイヤモンドのウエハー内に電気回路を書き込むことができます」とリマーは説明する。この技術によって、多くの潜在的な用途に使えるダイヤモンドを基盤とする電子デバイスという新しい分野が開かれる可能性があるのだ。そして、そこでおそらく最大の利益をもたらすと期待されているのが、量子コンピューターである。

端的に言うと、レーザーを使ってダイヤモンドの格子状に並ぶ炭素(ダイヤモンド結晶内の原子の並び)の一部を、電気を通す黒鉛組織に変える。これにより、極小の3D電子回路ができるというわけだ。このようなデバイスは、例えば、欧州原子核研究機構(CERN)の粒子加速器などほかの材料ではすぐに劣化してしまうような、高エネルギー粒子の検出に使用されている。

電気化学、計器、放射線検出など、ほかの潜在的な用途についてもリマーは言及する。「ダイヤモンドがシリコンなどほかの材料よりも優れている大きな点は、放射線によって損傷を受けないことです」

さらなる可能性を秘めているかもしれないのが、レーザーを使い、ダイヤモンドの格子状の構造に「NVセンター」をつくり出すことだ。これは、2つの炭素原子を窒素原子と空孔に置き換え、目には見えない原子サイズの隙間をつくることを意味している。

特異な量子力学的特性を有しているNVセンターによって、超高感度の磁場検出や単一光子レベルでの光の放出と操作が可能となる。つまり、制御と測定が可能な量子システムとして、NVセンターを活用できるということだ。

「NVセンターは量子ビットとして機能します。つまり、ダイヤモンドは量子情報処理のための候補材料のひとつということです」とリマーは言う。それが最終目標であるが、近い将来に実現可能な超微細な磁場センシングと計測機器といった分野での技術開発も進めている。 具体的には地上磁気測量やGPS通信への応用などだ。

これらはどれも現時点では大学での研究段階にある。つまり、ダイヤモンドのトレーサビリティは、この技術が応用できることの氷山の一角に過ぎないかもしれない、ということだ。Opsydiaの投資家にとっては朗報かもしれない。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

※『WIRED』によるスタートアップの関連記事はこちら


Related Articles

article image

「完全に不完全」につくられたダイヤモンドの秘密──その“レシピ”が量子物理学に革新をもたらす


 

ダイヤモンドにレーザーで“目に見えない刻印”を。新技術が秘めるトレーサビリティを超えた可能性

未来を実装する「実験区」へようこそ! 会員限定コンテンツの無料トライアルはこちら

最新テクノロジーからカルチャーまで、次の10年を見通すための洞察が詰まった選りすぐりの記事を『WIRED』日本版編集部がキュレーションしてお届けする会員サービス「 SZ メンバーシップ」。週末に届く編集長からのニュースレターやイベント優待も。無料トライアルを実施中!

ITS 編集部

当社の編集部は、IT業界に豊富な知識と経験を持つエキスパートから構成されています。オフショア開発やITに関連するトピックについて深い理解を持ち、最新のトレンドや技術の動向をご提供いたします。ぜひご参考になってください。