ITS 編集部
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1.はじめに 第6期科学技術・イノベーション基本計画(令和3年3月 26 日閣議決定。以下「基本計 画」という。)においては、Society 5.0 を具体化し、実現するために、サイバー空間とフ ィジカル空間の融合による持続可能で強靭な社会への変革や、価値創造の源泉となる「知」 の創造等が必要であることが指摘されている。 サイバー空間とフィジカル空間の融合にとって情報科学技術の発展が鍵となることは論 を俟たず、また、あらゆる分野で 人工知能(AI)技術 やデータの活用が進んでいることを 鑑みると、情報科学技術の活用は今日の科学研究の発展に大きく寄与するものと考えられ る。様々な分野との連携をさらに進めることで、各分野での新たな価値の創造に貢献する とともに、情報科学技術自身も更なる発展を遂げ、その発展がさらにあらゆる分野での研 究開発の変革を牽引するという、相乗効果が期待される。 こうした状況を踏まえ、令和6年1月、科学技術・学術審議会 情報委員会の下に「情 報科学技術分野における戦略的重要研究開発領域に関する検討会」(以下、「検討会」とい う。)が設置された。その後、本検討会において、情報科学技術分野において戦略的に重要 な研究開発領域の動向やそれを踏まえて国が講ずべき取組等について議論を重ね、以下の とおり取りまとめたので報告する。なお、情報科学技術の急速な技術革新を鑑みると、内 容は今後も随時見直すことが適当である。
2.検討会において審議された主な内容について
情報科学技術分野は幅が広く、国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センタ ー(CRDS)の『研究開発の俯瞰報告書 システム・情報科学技術分野(2023 年)』におい ては、大きく7区分に分類されている。これらは相互に連携し、少子高齢化や災害の激甚 化、経済安全保障など多様な課題解決に資するものであるとともに、情報科学技術の進展はナノテクノロジーやライフサイエンスなど他の学術分野の発展にも貢献するものである。
(出典:検討会第 1 回(令和 6 年 4 月 24 日)資料6『重点的に議論すべき領域検討に向けて』)
特に、AI 技術は、近年加速度的に発展しており、社会インフラや産業などにも大きな影 響を与え始めている。大規模深層学習に基づく生成 AI は、高い汎用性や対話応答性能を有 し、様々な分野に幅広く波及しているが、資源効率や実世界操作、説明可能性、信頼性・ 安全性といった観点で課題も挙げられている。 また、データの適切かつ効率的な収集・活用等が科学技術や経済成長の鍵となる中、よ り効果的なデータの収集・利活用を促進し、さらに広範な分野に AI 技術等が展開すること で、新たな価値の創出が期待される。
上記を踏まえ、社会及び経済発展へのインパクトや、新規性、我が国の国際的なプレゼ ンスへの寄与等の観点から、AI 技術を中心に情報科学技術分野において注目すべき動向に ついて議論を行ったところ、検討会で挙げられた研究動向等については以下のように整理 されると考えられる。これらの分類の中には、産学官それぞれにおいて既に積極的な研究 開発が進められているものもあり、今後の政策的な資源配分に当たっては、こういった状 況も踏まえ費用対効果の高い研究開発分野等を選定していくことが肝要である。なお、こ れらの分類における研究開発は必ずしもそれぞれのカテゴリー単独で進められるものでは なく、融合的な促進も求められる。
a.生成 AI 等に対して指摘されている様々な技術的課題に関する研究開発 ①環境認識、身体性の欠如を埋めるための研究開発 ・周辺環境からデータを取得する必要のある実世界に適応するためには、データの能 動的取得技術や環境や他者とのインタラクションを通した自律的学習技術、不完全 情報からも行動決定が可能となる技術の進展が求められる。 ・また、AI が置かれている環境を認識するため、コンピュータビジョン、音声音響信 号処理、自然言語処理、マルチモーダル情報処理などが必要となる。 ・認知科学や認知発達の視点からは、身体性・感覚・行為の熟成への理解や、子供の 認知機能・言語獲得過程に基づくアプローチと実世界データの計算論的モデリング や制御理論との融合研究が求められる。
②変化する環境への適応に関する研究開発 ・実世界においては、タスクや環境が順次変化しており、こうした状況に対応できる モデル構築のためには、例えば、弱教師付き学習をデータセットの時間変化に適用 させる試みや、少ない仮定のもとシステムを効率よく適応させる学習理論・アルゴ リズム等の開発が必要となる。同時に、通信負荷等実世界へ適用する上での課題も 考慮し取り組む必要がある。 ・同時に、リアルワールドのシミュレーション技術が産業競争力へと繋がっていくと 考えられ、シミュレーションの高度化(精緻、広域、超高速な物理シミュレーショ ンの実現)や、ドメインや状況に合わせて即座に対応可能な sim2real 技術 1の開発 が求められている。
③メカニズムを理論的に解明し工学的に実現するための研究開発 ・基盤モデルの振舞いやメカニズムは解明されておらず、基盤モデルの内部構造を実 験的又は数学的観点等から理論的に理解する取組は重要である。その際、理論と工 学的実現との乖離を埋める研究が求められる。
④資源効率向上・環境負荷軽減に関する研究開発 ・計算量の増大に伴う消費電力の増加や環境負荷の増大に対応する研究開発が必要と されており、Attention の代替機構の技術など計算効率化のための Transformer に代 わるアーキテクチャの研究、量子化などのモデル軽量化技術、使用するデータ量を 低減させる技術などが挙げられる。 ・また、脳科学や認知科学での人間知能の処理モデル、脳の効率的なエネルギー代謝 等の知見をAI 開発へ活用することで、消費電力や環境負荷の軽減に対応可能なAI が 期待される。
⑤学習精度の向上に向けた研究開発 ・学習精度向上のための取組が様々進められているところ、こういった取組を今後さ らに加速することが求められている。 ・あわせて、個別対応する機能を外付け実装する技術などにより、モデル拡張やシス テム更新等の仕組みが求められている。
b.社会の中に混在・共生する、様々な機能を持った AI の管理・連携 ① モデルの統合と循環進化を実現する研究開発 ・企業等が保有するデータ等を安全かつ効率的に活用するためには、サーバにデータ を集約することなく対応可能とする連合学習技術や、性質の異なる小さなモデルを 統合することで性能の高いモデルを構築する技術、複数のドメインデータをパフォ ーマンスを保持したまま融合させるドメイン融合技術等が重要である。 ・また、エッジ側のモデルの差分を上位モデルに集約して全体最適化・進化を繰り返 す循環学習技術の開発や、循環学習に伴う品質保証・向上に関する技術(学習履歴 追跡や継続学習等)などが必要となる。 ・加えて、個別化された多数の AI とユーザ同士が相互作用しながら時間発展する社会 が全体で最適化を実現するためには、多数の AI システムの協調に基づく機械学習の 理論体系を構築するとともに、安全性や公平な意思決定等が保証できるような研究 開発が必要である。
②意味を理解し、人間との協働が可能な AI ・人間と多数の AI やロボット、ドローン、コネクテッドカーなどが協働する社会(ス マートシティ、ホーム、オフィス等)を見据え、アライメント 2等の観点からも人間 のパートナーとして望ましい AI を検討するとともに、人の価値観や世界観に沿った AI 技術を実現することが重要である。 ・例えば、現在の大規模言語モデル(LLM)においては、文脈や倫理観の理解が困難 であること等の課題が挙げられており、意味を理解・推論する技術や、一般現象に 汎化する技術、世界の知識の表現や実世界からの取り込み方法など、知識背景を理 解し活用する技術が求められる。 ・また、予測符号化 3を個体から集団に拡張することで、社会における言語や科学的知 識の形成プロセスを理解する試みが提唱されており、個別の AI が有する知能のほか、 社会的・集合的な影響も考慮する必要がある。
c.様々な研究開発分野を変革するための AI 技術 ①AI for Science ・人間とのディスカッションや実験作業から得られたデータを学習データとして取り 込めるような科学用基盤モデルや、論文・グラフ等の分析や情報の選別・整理によ って研究者をサポートする AI の開発、AI による仮説空間の探索精度・効率の向上及 び研究サイクルの精緻化・柔軟化に関する取組が求められている。 ・また、現状の AI においては、専門性の高い領域や新たな知識の獲得を可能とする汎 用性、外挿性、信頼性、論理性に関する課題があり、これらを解決する技術開発が 求められる。あわせて、現在のAI は、保有する知識やそれを使った推論過程をAI 自 身が明示的に把握し管理できておらず、人間による検証が困難になっている。AI の 立てた仮説が、どのような過程を経たものかを人間が理解できる検証方法が必要で ある。
②AI×ロボティクス ・日本はロボットの生産/利用にかかる経験値が高く、ロボットの知能等の研究に参入 しやすいことが挙げられ、より大量のマルチモーダルデータを学習したロボット基
盤モデルの構築や、行動計画・動作生成を柔軟かつ堅牢に行うための技術が期待さ れる。 ・身体の自由度や、言葉にできない動作イメージなどの情報について、何のデータを どのように集めるかが課題であり、模倣学習 4のみならず、人の発達過程を取り込む など、何を学習すれば次の学習がしやすいかの理解に向けた工夫が必要となる。
③AI×通信 ・経済活動や国民生活を支える基盤としての通信は、人口減少や設備の老朽化、要求 条件の変化等により、未来の通信インフラの内容/質/量を見直すべきタイミング に来ている。 現場に密着した通信インフラ・通信技術の維持といった課題に対し、 通信技術の高度化により、通信遅延や端末・場所等の制約が減ることで、端末/エ ッジ/クラウドでの機能分担を再考する必要がある。 ・例えば、エッジ側の膨大な計算資源を分散コンピューティングや電波伝搬のデジタ ルツイン 5などに活用する取組及び XG6 for AI としての新たなアーキテクチャや要求 条件の見直しが必要である。 ・また、国内外ベンダーによる、基地局設備を含む無線アクセスネットワークをオー プン仕様としたOpen RAN(Open Radio Access Network)の取組も加速しており、 AI を活用したネットワーク設計・運用の最適化等の研究開発が求められる。
④AI×半導体 ・半導体研究の競争力を高める AI の開発が求められている。現在、プログラミングは 生成 AI によって生産性が劇的に改善しており、今後は、半導体の素材開発や自動設 計、シミュレーション技術への AI の活用が期待される。 ・ハードウェア構成やアーキテクチャを意識した AI アルゴリズムの研究や、特定のア プリケーション、エッジ処理、消費電力を意識したチップデザインの設計など、分 野融合領域の研究も重要である。
⑤その他 ・大規模基盤モデルの開発を支える周辺技術(データサイエンス、データベース、高 性能計算、半導体、高速ネットワーク等)にも投資するタイミングである。
・大規模基盤モデルの使われ方は多様であり、ユーザ用途を考慮しニッチな領域を探 索することも大切と考えられる。 ・一方で、大規模基盤モデルを活用した取組だけでなく、小規模で利便性の高い AI の 研究開発も併せて行い、誰もが AI を活用できる環境を構築することも重要である。
3.情報科学技術分野において戦略的に重要な研究開発領域等について
情報科学技術分野は、わが国が提唱する Society 5.0 を実現するための鍵となる重要な技 術であり、長期的視野を持って、その実現のために必要な研究開発を基礎研究から進める 必要がある。特に、AI 技術は、安全性や資源効率などの課題を包含しつつも、近年、加速 度的に発展・幅広い分野に波及しており、数ある情報科学技術分野の中でも我が国として 戦略的に研究開発に取り組むべき重要な分野である。 研究を進めるにあたっては、日本発の領域や日本が伝統的に強みを有する領域を進化・ 融合した形で実施することが、国際的なプレゼンス確保につなげていくためにも重要であ る。 上記を踏まえ、戦略的に取り組むべき重要な研究開発領域等として、本検討会では、以 下のとおり提言する。
<実世界環境に効率よく適応するための研究開発> 大規模基盤モデルに基づく生成 AI は、高い汎用性や応答性を有し、様々な分野に幅広 く波及している一方で、個別的で動的な状況への対応には課題があるとされていること から、多様で個別的な実世界に対応できるような AI 技術の実現は、世界的にも注目され ている。 また、個別的で動的な状況に対応するための研究は、実践的な応用研究と一般化を目 指す理論研究との両面からアプローチする必要があり、双方を融合して研究を推進して いくことが重要である。
例えば、実世界では、タスクや環境が順次変化しており、変化する環境に効率よく適 応できるモデル構築技術や、それを可能とする周辺技術の研究開発が必要である。特に、 限られた情報から AI が答えを導き出す必要があるため、AI 自身が能動的・自律的に学習 するデータを選別・取得する技術や、不完全な情報からも効率よく学習する技術が重要 であるほか、身体性や人の脳・認知発達を考慮したアプローチも重要である。
<多様な AI と人が共生・協働する社会に向けた研究開発> 多様な AI が、人や AI と相互作用する社会が到来することを見据え、AI が人と共生・ 協働する社会に向けた研究開発が必要である。 例えば、個々の AI 間のインタラクションにおいて、説明可能性や公平な意思決定を担 保しながら学習したり抑制したりしあうような技術、学習履歴の追跡や継続学習におけ る品質保証技術、AI と人間の協調プロセスなどの研究開発が重要である。 また、人と AI の関係においては、インタラクションを通じて人・AI ともに成長した り、価値観や世界観を共有し人のパートナーとなったりするような AI など、人と協働で きる AI の実現に向け、マルチモーダルなデータを入力として意味を理解し推論する新し い推論機構の研究や、AI アライメント、人文・社会科学との融合領域などの研究開発が 重要である。
また、上記研究開発を進めるに当たっては、AI 関連リスクへの対応や研究開発環境・研 究人材の確保など AI を支える周辺環境にも配慮する必要がある。
<AI 関連リスクへの対応> AI 技術の社会への普及に伴い、AI 関連リスクが顕在化している。特に、従前より指摘 されていた AI の悪用や AI の返答のバイアスなどの問題に加えて、生成 AI の出現により、 ハルシネーション 7やブラックボックス問題など新規の問題が出現している。そのため、 透明性高く AI の内部構造や挙動を説明したり、動作パターンを想定した品質管理をしたり することなどが難しくなっており、オーナーがすべてのリスクを把握し回避すること が 困難である。 その結果、AI の開発時から利用時まで含めた総合的な取組が必要となっており、AI の 性能向上に合わせ説明性・可制御性とのバランスをとることなど、AI 関連リスクを考慮 した取組が求められている。 AI 関連リスクに関しては言語的、文化的な背景による捉え方の違いもあるため、技術 的なアプローチにとどまらず、社会受容性の観点から人の心理・行動等を考慮した評 価・テスト方法、テストデータの準備及び対策が求められる。さらに、AI 関連リスクの 事前検知やフィルタリング、出力の制限なども、AI の進化に合わせて今後研究が進むこ とが想定される。
<研究開発環境・人材育成> 基礎研究は幅広く支援し、トライアンドエラーを繰り返しながら研究をステップアッ プすることが期待される。また、幅広い知見を融合し様々な社会課題に対応するため、 人文・社会科学の知見も取り込んだ研究推進など、分野を超えた多様な「知」を融合し た取組の促進が求められている。 社会実装を視野に入れた取り組みを実施する場合には、企業等と有機的に連携した取 組を、研究と並行して進めることが望ましい。 特に、ロボティクス分野での知見やセンサー技術、産業データ等日本の強みを活かし た新しい社会システムを構築できれば、国際的な競争力が期待できる。 AI 分野における先端的な研究人材を質・量の両面で充実させるための取組を、JST「国 家戦略分野の若手研究者および博士後期課程学生の育成事業(BOOST)次世代 AI 人材育 成プログラム」等と連携して進めるべきである。また、国際的に活躍する研究者を含む 優れた研究環境の存在は、海外研究人材の呼び込みに有効と考えられるため、集中投資 も必要に応じて検討すべきである。 あわせて、日本の高校生・大学生ではプログラミング競技の人口が増えており、正解 のある問題を素早く解く能力では国際的にも上位の競争力があるが、そのような若手人 材を、正解が決まっていない問題に取り組み、新原理を発見するような高度人材に育て るための仕組みを強化すべきである。
科学技術・学術審議会 情報委員会 情報科学技術分野における戦略的 重要研究開発領域に関する検討会
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